誤爆された子ども達

Iraq war logs: Apache attack’s child victims speak out

On a hot July day in 2007, taxi driver Salah Mutasher Toman swept his two young children into the passenger seat of his white minivan. He bade his brother, Sabah Toman, farewell and started making his way home, a short drive across the neighbourhood, through militia-held territory.
(2010/10/25 guradian)

Wikileaksで全世界に晒された誤爆映像。そこに映っていた子ども達、その後。

路上に集う人々を機銃で蹴散らし、逃げ惑う人々を執拗に撃ち殺す。ライトバンで現場を通りかかり、怪我人を救助しようとする運転手たちにまで容赦ない攻撃。映像には、現場に着いた兵士達がライトバンの中から二人の子ども達を運び出す場面まで記録されている。

その映像に映っている子ども達を追跡取材したこの記事を見つけた時は、ガーディアンなかなかやるなと。というのも、被害に遭った人々のその後は、なかなか窺い知る機会が少なかったので。そういえば、Wikileaksが自サイトで公開前に流出情報を提供してきたメディアの一つにガーディアンがあったが。

記事によると、子ども達は激しい銃撃を生き延びたものの、やはり二人とも酷い傷を受けていた。一人は12発もの銃弾を浴び、今も手術が必要らしい。母親もショックで子ども達の面倒をみられる状態に無いと、亡くなった父親の兄弟が言う。そして、米軍基地を訪れた彼に大佐が謝罪。彼に5、000ドルを渡し、「我々にできることはこれだけだ」と伝えたという。

それと同時に、彼は重要なことも取材で答えている。その日、現場周辺で活動する武装勢力はいたのかという記者の問いに「いた」とという。詳細は語らなかったものの、記者が挙げた武装勢力の名前にも「そうだ」と答えた。

断定はできないが、これが誤爆の原因の一つなのかもしれない。だからといって誤爆が許されるものではない。映像を観る限り、現場は住宅街だ。住民が路上で集まることがあっても不思議ではない。ましてや、怪我人を救助している人々にまで銃撃を浴びせるとは。

一つの家庭を破壊しておいて5、000ドルのはした金で済まそうとする米軍。せめて残された子ども達や母親の生活を一生面倒見るのが、アメリカが背負うべき最低限の責任だろうに。

ぼちぼち生きてます。

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