カー熱

論文と雑誌記事を求め、杉並中央図書館へ。

充実した書籍群と、広々としたスペース。
近距離に、こんな使える場所があったことに感動。

ここのところ、E.H.カーの『危機の二十年』を読み返してたこともあり
それに関連して、コピーしてきたのは次の二つ。

遠藤誠治「『危機の20年』から国際秩序の再建へ―E.H.カーの国際政治理論の再検討―」
『思想』945号(2003年)

山田侑平「岩波文庫 あの名著は誤訳だらけ 大学生必読「国際政治学の古典」は全く意味不明」
『文芸春秋』4月号(2002年)

学問として学び始めてから、ずっと抱き続けてきた
国際政治学における「現実主義」の定義に対する疑問
もっと再評価されるべき「機能主義」、「新機能主義」への思い。
そして、「民族自決」と「国家樹立」とを同一視することへの疑念。

足りない頭ながらも、学部時代から抱いてきたことが
偉大なる国際政治学の祖、カーも遠い昔に考えていたこと
それが遠藤氏の論文を読むことで判明。

決して独りよがりな考えでは無かったこと
おぼつかない足ながらも、カーが辿った道を少し踏みしめていること
それはとても大きな喜びであり、とても大きな支えとなった。

もう一方の、山田氏の記事。
以前、どこかで存在を知っていたのだが
ちょうど良いタイミングと好奇心もあり一読。

記事には誤訳や読みにくい箇所が列挙され
原書と翻訳を読み比べても、確かに指摘通りの間違いもあった。
また、山田氏による誤訳の指摘に対して
無視を貫く岩波書店の態度は
本を出版する側の態度として改めるべきである。

ただ、訳の問題が多いからといって
翻訳本を国際関係論の教科書にしないというのは正しい選択だろうか?

たとえ誤訳が散見していても、全く意味不明というわけでは無く
カーの言わんとしていることの大筋は、翻訳でも掴める。
(掴めるとはおこがましく、実際には読み込むほどに発見であるが)

山田氏は原書の趣旨を以下にまとめている。

「自己の理想を絶対とし、それを達成する手段の分析や批判を退ける
ユートピア的態度が「危機の二十年」の背景をなしていた」(p.206)

これが原書の趣旨なのかという是非はともかく
少なくとも、間違いの多さを指摘されてる翻訳でも
読み進めていけば、カーはそうしたことも言ってると分かる。

どうしても誤訳が我慢ならないというのなら
原書と対比して読み進めていくという選択肢もある。
国際政治に興味は持っても、英語の原書はまだまだという学生に対して
古典に触れる機会を奪うことが、問題の解決にはならないと思うが。

翻訳本も、十分に面白いっすよ。

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